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Theme by nostrich.

14th August 2010

Quote with 5 notes

原作を読んでいないのだが、現実をデザインされたものを原作にして映画化しデザインし直したものが『告白』であるとしよう。
以前、カフェの横で話していた女性が「『告白』ってむつかしい映画なんでしょ、だったら私はいかないわ」と言っていた。この程度が難しく、重い映画というのは文句もいいたいがそれはおいておくとして、『告白』は現実世界の重い問題を扱った映画であることには違いない。それもかなりうまくデザインして。
で、デザインということを考える。これはさきの「劣化コピー」がある種メディアの特性によって生み出されるものだとすれば、「デザイン」とはクリエイターの意思があって行われる事である。『告白』の場合は、中島哲也監督という事になる。

なぜ、僕がこの映画に怒りが込み上げてきた事言うと、“HIV”の問題一つとってもそれは物語の道具立ての一つでしかなく、本来なら重く考えなければならない問題である“命”のことをなにも考えさせないほど洗練されたデザイン処理が施されているからである。正確に言うなら『告白』は“命”の問題なんかどうでもいいのだろう、全ては監督が見せたいビジュアルのための道具立てでしかない、それが途中からわかり、“HIV”や“いじめ”や“命”のことなんて、この映画監督にとっては交換可能なテーマだという事が見えてきた来たからである。オッケー、それならデザインを楽しみましょう、そうみればみるべきところはあるのだが、僕には、道具立てとしか使われていないテーマはそこまで割り切ってみる事ができるものではなかった。
で、この場合、現実をデザインした映画が『告白』であるが、現実と全くかけ離れたものであるという意味においては現実の「劣化コピー」であると言える。

というわけで、現実を意図的に「劣化コピー」した『告白』には、本来最も重要なテーマである“命”に関してさえも、それはすばらしいデザインによって観客に深く考えさせる事は避ける作りになっているので怒りを覚えた訳である。考えないのならまだしも、この程度のリアルな世界の劣化コピーで、リアルな世界と向き合うことなく、劣化コピーだけ観て、生きていく事に重要な問題を考えたことになり「面白かった」と言わせるのは犯罪的だとすら言えるのではないだろうか。

Source: webdice.jp

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